2019.11.8

<Y’sの歴史> 第二章 Y’s創業期〜成長期

米田龍平

<前回までのあらすじ>

小さい頃観たアニメの影響で上京したが、すっかり思い描く姿から遠のいていく自分。
そんな中、卒業研究の資料作りをきっかけにデザインの世界で生きていくことに決めました。
なんとかしてエンタメに関わるデザイン事務所に入社、そしてさらに調子に乗り独立してみるという決断をした自分。
やっぱりそんな簡単には行かず。。。そんな中、現れた一人の営業マン。果たして会社はどこへ向かうのか。。。
第二章ではY’sが今の形になった歴史をお話していこうと思います。

前回の記事→<Y’sの歴史> 第一章 Y’sができるまで

Y’s 創業期 2011~2014

2011 「電子書籍」デザインにチャレンジを決意!

会社設立当初は小さなグラフィックデザイン事務所として好きなデザインだけやっていければいいと安易に考えていました、しかしそれすらうまく行かない日々でした。
なんとかして仕事を取らないといけない、でも無名のデザイナーにそう簡単に仕事などもらえるわけもなく、そんな中で、どうしても目を引くことが必要だと考え、「電子書籍」という分野のデザインで何かきっかけにならないかと一度チャレンジすることに決めました。

その結果、営業を専門にしているチームにその仕事を委託することに決め、2人の営業マンが弊社を手伝うことになりました。
そのうちの一人が現在の副社長である「中館博貴」でした。彼はアパレル関係の仕事を経て、営業マンとして実績を積もうと活動している最中でした。

2013 ロジカルおっちょこちょい「中館博貴」

写真:大塚敬太

彼の人間性の面白さをこの段階でぼんやりと気づいていたのですが、
簡潔に言うと「向上心」「好奇心」「行動力」そして「度胸」、つまり今のY’sの理念そのものを持ち合わせている人間です。
そして、彼のこの総合的な「推進力」こそがこの後のY’sの成長に欠かせないものになっていきます。

彼はどんなキャラクターかといえば、、、、、ロジカルおっちょこちょいです。ちょっと算数が苦手です。意味不明だと思われますが、一緒にいるとわかりますww
推進力はあるのですが、割とドMです。お酒を飲むとちょっとテンションが上がりすぎます。飼っている犬をたまに会社に連れてきて、夕方には散歩に行きます。


その当時、私が27歳、彼は24歳でした。共にAB型の変人タイプで、バイタリティの塊である2人には、わからないとか、知らないとか、やらないという選択肢は一切なく、なんとかしてY’sを成長させ、自分たちが生活できるようになるためとその一心で、今思えば若さゆえにできたことなのだなと思えることが山ほどあったように思います。

いただいた仕事は倍にして返す

いただいた仕事は倍にして返す。デザイン以上に人と人とのつながりを大切にする。仕事がないなりにも代理店は挟まずクライアントと直接話せる仕事を取る。などなど自分たちの信念を大切に作り上げた期間でもありました。今のY’sの理念である「本質を見抜く、想像を超える」という理念はまさにこの時に作られ、今なおその理念で会社は回っています。

2014 現取締役たちがY’sに入社!

事務所も大久保の雑居ビルの一角を間借りしていたところから思い切って、小さくて小綺麗なビルのワンフロアに移動しました。そのため、予算がなくなり、自分たちでビバホームに行って木材を買って机を作りました。DIYとは程遠く、ガタガタ揺れる机の上でコーヒーをこぼさないように必死に抑えながらクライアントと話をしていましたw
そんなガタガタしたY’sでしたが、中館がそのままY’sに入社してくれたこと、さらには現取締役の一人である「鈴木静華」も当時デザイナーとして加わってくれたことで今のY’sの原型となり、新生Y’sとして新たなスタートを切ることができました。

米田龍平インタビュー写真

写真:濱谷幸江

 

Y’s 成長期 2014~2018

2014 もう1つの事業部の誕生

結果としてチャレンジしていた「電子書籍」は仕事のきっかけになっても、それ自体ではビジネスになることはありませんでした。
しかし、このチャレンジのおかげで中館が加わってくれたことは、Y’sにとってとても大きな前進でした。

2014年、なかなかグラフィックデザインの仕事だけでは安定した売上を出すことができず、どうしようかと悩んでいた時に、彼は次の施作としてアウトソーシング(業務委託)というサービスに目をつけました。

アウトソーシング(業務委託)とは?
アウトソーシング(業務委託)というのは、委託契約の一種であり、特定の業務に対して技術者の労働を提供する契約のことです。

当時はまだそこまでたくさんの会社がやっていたわけではなく、手探りで進めている会社が多くありました。
そこでY’sの場合は、ただ単に雇用した人材を提供するだけではなく、未経験の人材を雇いクリエイターに育て、ゆくゆくは自社サービスへの戦力になってもらおうと目標を立てアウトソーシング事業部をCOS(クリエイティブアウトソーシング)事業部と名前を変え、事業を行うことを決めました。
そして、試行錯誤ありながらもその育成計画は順調に進み、社員が10人、20人、30人と増えていきました。
実は現在のクリエイティブ事業部で活躍しているクリエイターの多くは、エンジニア未経験からこのCOS事業部で成長してくれたメンバーなんです。

2015 大ヒットアニメや書籍のデザインを続々と手掛ける

そうして、2015年になるとCOSが軌道に乗るとともに、地道に進めていたデザインの事業部の方も、デザイナーを増やすことができるようになり、色々とチャレンジできる体制が整っていきました。
その中で、アニメ「東京喰種 トーキョーグール」のデザイン、「ディズニー アナと雪の女王」の書籍のデザインなど、大きな仕事を続々といただくようになりました。

2017年に大ヒットする「けものフレンズ」のデザインも実はこの年にロゴ制作の仕事をいただいておりました。

Y's works

そんな中、後から作られたCOS事業が大きくなるにつれて、デザイン事業もより強固にしていかなければいけないと考え、デザイン事業部から名前をクリエイティブ事業部と変えて、グラフィックデザインだけではなく、webや動画にも力を入れていくことにしました。そこから4人ほどで行なっていた事業部が一気に、数年で20名ほどになる組織に拡大していきました。

2018 漫画・アニメ・ゲームのデザイン会社5社に選出!

幸いにも、2018年11月に発売された「デザインノート No.82」では漫画・アニメ・ゲームのデザイン会社特集として5社に選んでいただき、知名度もあがり、よりステキな仕事をたくさんいただけるようになりました。

現在では、グラフィックデザイン、webデザイン、webディレクション、イラスト、コーディング、動画編集など、様々な仕事に対応することができるようになりました。

売上は5億を超える規模に!

クリエイティブ事業部とCOS事業部の両軸が、それぞれの役割を担うことで、前進し続け、その結果、2018年では社員が60名を超え、売上は5億を超える規模になっていました。

福利厚生にもどんどん力を入れ、イベントも数多く作られました。
「月一回、みんなで集まる月初会」「花見」「BBQ」「ハロウィンパーティ」「忘年会」「新年会」「社員旅行」「年2回の決起集会(現:Y’s Awards)」などなど平均年齢も25歳前後、若いクリエイターたちが楽しく仕事ができるように、様々な行事がY’sにはあります。

それまではメンバーが兼任して取り組んでいた採用についても、専任の人事部を設け、続々と優秀な人材がY’sに入社してくれています。

私も、クリエイティブのチーフとしてどんどんやらなくてはいけないことが増えました。

社長としての決心・・・!

マネージメント、デザイン、教育、営業、、、果たしてすべてできるのか、、、
そして、10期目を迎えるにあたり、私は会社の社長として重大な決心をいたしました。
その決心とはいったい!?

次回、「最終章 Y’sさらなる進化のとき」お楽しみに。

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